6月20日と21日、日立システムズホール仙台(仙台市青年文化センター)2階のシアターホールで行われた「マスタークラス」を聴講してきました。このイベントはコンクール審査委員の先生による公開レッスンで、受講生は音楽を学んでいる若い学生や音大卒業生でした。
マスタークラスを聴講することにより、審査委員の先生がどんな方かを知ることができ、また、コンクールでの審査のポイントなども推察できます。でも、それ以上に私がマスタークラスが大好きなのは、先生方の教えの中に、音楽だけでなく普段の生活に普遍的に役に立つ点が多く含まれ、自分を見直すことができるからです。音楽が素人の私ですが、今回のマスタークラスでも「人に何かを伝えたい時にどうすればよいか」というヒントを沢山もらえたように思いました。
私が聴講したのは、4つのレッスンでした。
6月20日 講師 ブルーノ・リグット先生
18:30~ 受講生 遠藤 詩子さん(東京藝術大学1年)
ショパン/ピアノ・ソナタ第2番「葬送」 第1~2楽章
19:40~ 受講生 市村 ひかりさん(武蔵野音楽大学2年)
スクリャービン/幻想曲 ロ短調 作品28
6月21日 講師 アンドレア・ボナッタ先生
18:00~ 受講生 相澤依里佳さん(宮城県富谷高校3年)
ベートーヴェン/ピアノソナタ第23番「熱情」第1楽章
19:10~ 受講生 金野由佳さん(桐朋学園大学卒業)
モーツァルト/幻想曲 ハ短調 K475
レッスンの形式は、最初受講生が通しで選択曲を演奏し、その後先生が受講生を指導した内容を、通訳が受講生および聴衆に伝えるという具合です。
まずはブルーノ・リグット先生による遠藤詩子さんのレッスンです。曲はショパンのピアノソナタ第2番「葬送」の第1~2楽章でした。最初に通しで弾く遠藤さんの姿を見つめるリグット先生の真剣な眼差しに驚かされました。ピアノの脇に立って、弾いている手、表情、ペダル等に視線を動かしながら、ひとつひとつチェックする先生を見ると、こちらまで緊張で身が硬くなってしまいました。
通しの演奏が終わると、リグット先生は、
アジタート(激しさ)の中に浸りきってしまっては味わいがなくなります。エモーショナル(感情的)なもの、そしてピアノ(弱音)をもっと意識しましょう。楽譜に書かれている通りに弾けば良いのです。
とアドバイスして、作品のところどころを先生ご自身で弾きながらのレッスンが始まりました。頭の中の引出しから様々な道具を次々と繰り出すような先生の解説は一遍のドラマを見ているようでした。先生は弾いている遠藤さんの目を自らの手で隠したり、スカーフを取り出して脇でひらひらさせたりしながら、「ピアノ(弱音)のニュアンスを際立たせる」ことを体感させました。
まだ若いのだから、陶酔感をもっと持って気持ちを込めなさい。そして、慈しむような美しい音を出したい時は、ピアノを友達だと思いなさい。
ショパンのフォルテを弾く時は常に丸い音で弾かなければなりません。小規模なサロンでコンサートを開いていたショパン。ことによるとピアノを閉じて弾いていたかもしれません。彼は常に自分の心の奥深いところで音を聴いていました。「全開」はいけません。常に丸い円やかな音で弾きましょう。
先生はこのようなアドバイスを交えながら、曲の解説を進めました。また、ご自身が弾いている時、遠藤さんに自分の胸を触らせて息遣いを教えるなど、更に様々な工夫を繰り出しました。
続いて市村ひかりさんのスクリャービンのレッスンでも、先生の情熱は少しも減ずることはありませんでした。最初、緊張していた市村さんをリラックスさせるために、過去の時代の舞台状況のエピソードを話しながら、舞台照明を落とさせたリグット先生。そんな受講生への気遣いによって、市村さんも素晴らしい演奏を披露しました。先生は引き続き、スカーフをひらひらさせたり、譜面台にスカーフを置いたり、弾いている市村さんの右手を握ってニュアンスを伝えるなど、先生の受講生に対する情熱は止まるところを知りません。
二つのレッスンに共通して、先生が受講生に伝えたかった事は次の言葉に集約されているように思いました。
一つの音が一つの言葉であるように、自分の中のエモーショナルなものを自分で見つけに行きなさい。それは先生が教えるものではありません。聴衆は自分の心を揺らしくれるような、非日常的なものを期待しています。自分の語りたいことを表現して下さい。
様々な工夫に満ちた、先生の情熱的な導きで、2人の受講生も自らの表現を探す方法を会得するヒントを得たのではないでしょうか。先生のゼスチャーに自然に反応して、どんどん艶を増していく2人の演奏を体感するのは、マスタークラスを聴く醍醐味でした。
翌日のボナッタ先生のレッスンもまた、素晴らしいものでした。ベートーヴェンの「熱情」第1楽章を通しで弾いた相澤さんの演奏を「素晴らしい」とコメントした後、「ベートーヴェンは楽しい人だったでしょうか、真面目な人だったでしょうか」と問いかけたボナッタ先生。まずは相澤さんと同じ10代の頃、ご両親からベートーヴェンのデスマスクをプレゼントされた逸話を披露されました。そんな、恐ろしくなるようなエピソードも「ベートーヴェンは幸せな人ではなく、常に何かと闘っていた人物。どうやって、音楽を真面目でシリアスなものにするかが大切」ということを説明するための伏線でした。そして、先生は次の様なアドバイスを続けました。
「熱情」は運命の音楽です。センチメンタルにしてはなりません。そして、音楽の原点とは何でしょうか。偉大な作曲家のリゲティは「最初にリズムあり」と言っています。脈とリズムが音楽の原点であり、絶対に外れてはならないものです。脈を意識すると緊張感が生まれます。それは我々が音楽を通じて、到達すべきものです。
ヴァイオリンの記者会見でロドニー・フレンド先生も力説していた脈(パルス)。それは音楽家が人生を掛けて見つけていくものであることをボナッタ先生もおっしゃっていた事に私は感動を覚えました。
「運命と闘う英雄」という比喩でベートーヴェンの音楽を表現されたボナッタ先生。ベートーヴェンの音楽は自分の言語を持っていて、楽譜に書かれていることをそのまま演奏すれば、彼が言いたかったことが表れる。でも今日はそれを分かってもらう為に、私の言葉で伝えましょうとおっしゃいました。そして、先生は自ら鍵盤をたたきながら、ベートーヴェンの一つ一つのフレーズ、一つ一つの和音に「私は誰にも好かれない」「そして耳も聞こえなくなっていく」「その運命は変えられない」「でももしかしてという希望の光」という物語をつけていきました。そして、言葉と言葉の間で、ペダルの使い方や左手の声部の和音に色をつけて音楽のコントラストを表現すること、音に均一性を持たせることなど、具体的なアドバイスを相澤さんに伝えました。
この曲を演奏する時はベートーヴェンの交響曲を研究すると良いでしょう。ピアノ曲であっても、交響曲をイメージして、どの部分をどの楽器が弾いているかを意識すると良いでしょう。まずは交響曲第5番から研究してみましょう。
このようなアドバイスでレッスンを締めくくったボナッタ先生。愛情のこもった先生の言葉一つ一つに相澤さんはベートーヴェンの精神を見つけていったことでしょう。
続いてのレッスンで金野さんのモーツァルトの演奏を高く評価した後、ボナッタ先生はハ短調という調性の特徴について解説されました。ハイドンもベートーヴェンもハ短調はドラマチックな調性。ハ短調と聞くだけで、どんな曲か想像できると述べられた後、次の様におっしゃいました。
モーツァルトのハ短調をどう扱うか。単にドラマチックなだけではありません。モーツァルトはどう弾いていたのでしょうか。モーツァルトが実際どう弾いていたか、もし3秒でも分かれば、私は人生を捧げてもよいくらいです。
そして、それを金野さんに理解させるべく、先生が大好きなプラハの室内管弦楽団の演奏の様子を例に、部分部分の音をどう作っていくか説明されました。ここはヴァイオリン、ここはチェロ、ここはオーボエというように、各フレーズをそれぞれの楽器がどう弾くかとゼスチャーを交えながらメロディーを口ずさむボナッタ先生の背後にオーケストラの姿が浮かび上がって見えたのは、私だけではないでしょう。ソロの曲でも、もしオーケストラで演奏した場合どのフレーズをどの楽器がどの様に演奏するかをイメージすると、表現をどう付けて曲をどう膨らませていったらよいかが分かりやすいことを先生は教えてくださいました。
「作曲家は全てを書いてくれている」ということを、具体的な例で教えてくれるボナッタ先生のレッスンは、本当に分かりやすかったです。不必要なところでリテヌート(急に速度を緩める)してしまった受講生をペンをつきたてるような仕草でたしなめる先生の表情はまるで少年の様に純粋でした。そんな愛情にあふれたボナッタ先生のレッスン。2人の受講生はきっと温かく、忘れられない時間を過ごしたことと思います。
今日から、いよいよピアノ部門ファイナル。私は3日間、フレンド先生やボナッタ先生が度々力説されていた「脈(パルス)」をテーマに6人の熱演の聴き比べを楽しんでみたいと思います。
広報宣伝サポートボランティア 岡

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