バッハの扉を開く研究発表会へようこそ
今年もいよいよ押し迫ってきました。今年はこのブログのテーマの仙台国際音楽コンクール開催年ではありませんでしたが、コンクールに関わる多くの方が活躍されました。これまでの入賞者、出場者も数多く仙台に来て演奏して頂き、充実した1年だったと思います。当ブログ本年最後の記事はピアニストでコンクール企画推進委員でもある田原さえさんが主催する研究発表会の報告です。堅苦しく思われがちなバッハの音楽の面白さ、楽しさを教えてくれる、私にとってかけがえのない時間です。この研究発表会の報告でこの1年を締めさせていただきたく思います。ご愛読ありがとうございました。どうか良いお年をお迎えください。そして、来年もよろしくお願いします。
10月30日(木)、ピアニストの田原さえさんが主催する仙台バッハゼミナールによる「平均律クラヴィーア曲集」研究発表会Vol.16(於:カワイミュージックショップ仙台4階ホール)を受講してきました。仙台バッハゼミナールの14名の会員の皆さんは、バッハ平均律クラヴィーア曲集の解釈と演奏研究により作品への理解を深めることを目的として、定期的に研究会を積み重ね、その成果を発表会で公開されています。今回で16回目の発表会、第Ⅱ巻の発表会としては今回が7回目でした。
まずは歓迎演奏からです。今回は会員の鈴木さん、奈良さんによる演奏で、春畑セロリ編「バッハ連弾パーティー」より「メドレーinPops」が披露されました。「主よ、人の望みの喜びよ」から始まりバッハの名作をちりばめたオムニバス的な作品でした。
曲の解説の前に田原さんからスピーチがありました。
最近、平均律のものだけでなく、いろいろな本を読むようになりましたが、読めばよむほどバッハをどう扱ったらよいか分からなくなります。私達はピアニストなので、ピアノで300年前の音楽をどう表現するかが課題となります。バッハはあの世でまさか300年前の自分の作品がはるか離れた日本で演奏されるなど夢にも思っていなかったはずです。でも、ずっとバッハの音楽は受け継がれていて、現在ではいろいろな立場から、様々な演奏の仕方でバッハの音楽を表現することが可能になっています。絶対の決定版というものはないけれど、バッハの音楽は何て素晴らしいのだろうという視点にいつも立ちかえりながら、少しでもそこへ近づきたいという想いでこの研究会を続けてきました。なんと来年は15周年を迎えることになり、感激しています。今日はたまたま私がこの曲を担当していたので、前半も後半も私がお話しさせていただきます。ちょうど24曲ある平均律曲集の前半の最後の曲になる第12番へ短調。この曲がどんな風に第Ⅱ巻と第Ⅰ巻で扱われているかということを今日は興味深く見ていきたいと思います。
スピーチの後は、曲目解説でした。まずは、第Ⅱ巻第12番へ短調からです。建部さんの演奏に続き、「演奏してみての感想」が発表されました。
曲として成り立たせるのは難しかったのですが、今までの第Ⅱ巻を考えてみると、とてもシンプルです。12番ということを考えると24曲の折り返し地点として、バッハはシンプルな曲をと考えて作ったかどうかは分かりませんが、平均律を弾いているよりは、まるでシンフォニアを弾いているような感じがしました。シンプルな中に難しい部分もあったのですが、第Ⅱ巻の中では割と知られている曲なので、皆さんも弾いてみてほしいと思います。続いて、田原さんによる曲目解説です。今回も、解説のコーナーでは説明の後、実演を通して理解するというスタイルで進行しました。第12番のプレリュードは140小節と一見長いように見えますが、4分の2拍子で書かれているので、4分の4拍子に換算すると普通の長さの曲であるという説明から解説がスタートしました。このプレリュードは多くの本に記述されている「ため息のモチーフ」が全曲を支配しており、それは2度の二つの音が滑らかに下行する形となっています。ネットで「ため息のモチーフ」と検索したら、必ずこの形が出てくるそうです(後日実際検索してみると、沢山出てきました)。バッハの時代はこの様な一つの音型が一つの意味を表し、それが作品の中で用いられることである情景を表すというパターンが幾通りかあり、それを学習するのがその当時の音楽の勉強でもあったのですが、19世紀以降はそれを顧みられることがなくなってしまい、現在我々はもう一度それを勉強し直す必要があるとのことでした。そして、この曲は対位法というよりはハーモニーでできていることも実演を交えて説明されました。確かに、和音が移り変わって音楽が流れていることが分かりました。この12番はロンドン自筆譜の中には入っておらず、複数の版でところどころ相違点があることも説明されました。その後、モチーフのことと曲の構成について詳説がありました。この曲に使われている素材は少ししかないけれども、それが組み合わされていろいろな味が楽しめる醍醐味があるというまとめに納得して、プレリュードの解説が終わりました。
第12番のフーガも大変シンプルにできています。2番目の16分音符からなる主題のモチーフが曲を通して様々な形で現われるのを田原さんがひも解いていき、曲の構成が明らかにされました。田原さんによると、モチーフや構成の分析はいろいろな見方があり、人によってそれぞれで良く、時代が移れば変わっていくかもしれないとのことですが、ただ漠然と聴くよりはモチーフの変化や曲の構造を意識して聴くと、バッハはより面白く感じられることは私も毎回の研究会で学び、実感しています。また、バッハが当時の音楽の原則に必ずしも沿わず、ところどころ掟破り的ないたずらとも思える仕掛けを施していることも教えて頂き、バッハが人間的に身近に感じられるようにもなってきました。このフーガに話を戻しますが、ここにも、一ひねりした音形があることが紹介されました。曲中のオルゲルプンクト(ドアをノックするような3つの音)は平均律の中で他ではあまり見られないものだそうですが、田原さんの考えではこの曲の中でバッハはこのモチーフを気に入って使ったのではとのことでした。また、フーガ中にプレリュードで使われた「ため息のモチーフ」がこっそり3回挿入されているので、バッハはこの曲の中で「3」という数字を意識していたのではという考察もなされました。このフーガにも「ソナタ形式」的なところがありますが、田原さんは毎回同様、「ソナタ形式」というものがもともと有った訳ではなく、結果としてその様な形式が発展したことを忘れてはならないことも強調されていました。
休憩時間ではいつものように、お茶菓子が入口で配られました。コーヒーでほっと一息しました。
後半は前回同様、テーマ曲の第Ⅱ巻第12番と同じ調性の第Ⅰ巻第12番を取り上げて解説するという趣向でした。第Ⅱ巻は第Ⅰ巻に較べて馴染みが薄く、1回で2曲取り上げても、なかなか付いていけないという受講している参加者からの意見もあり、この様な組合せが始まったそうですが、ピアノを聴くだけの私にとっても、第Ⅰ巻と第Ⅱ巻の同一番号曲の関連性を知ることはとても興味が湧きます。第Ⅰ巻は第Ⅱ巻と違い、初稿譜も揃っていて、まとまった形になっており出典も比較的はっきりしており、分かりやすい曲集とのことでした。
後半、解説と並行してピアノを実演してくれたのは渡辺さんでした。第12番のプレリュードは4声で16分音符と長い音符とを交代させながら続きます。まずは渡辺さんが冒頭部を弾きました。もても美しいモチーフと感じました。この曲の途中区切りたいような、区切れないような部分が出てきます。そのため、見かけ上3つに分かれているが実は2つにもなっているという不思議な構造をした曲であることが実演を含めて説明されました。
一方、フーガは荘厳な4分音符の主題から始まりますが、その音形が実はプレリュードの冒頭に隠されていることが紹介されました。その後、リズミカルな16分音符の対旋律が絡んできます。田原さんによると、この曲を実際にチェンバロで弾いてみると4分音符の主旋律が16分音符の対旋律の動きにほぼ埋もれてしまうけれど、ピアノなら両方の旋律をいとも簡単に弾き分けることができるそうです。バッハのレッスンではテーマを浮き立たせなければならないと良く言われますが、当時の楽器のことを考えると、テーマというものはそんなにも明確にしなければならないものなのかということも考えさせられるとのコメントがありました。
最後に本日のまとめとして、第Ⅰ巻と第Ⅱ巻の第12番の比較と演奏ポイントが述べられました。
・二つの第12番はとても似ている。全24曲の真ん中ということも影響しているかもしれない。
・どちらの曲も拍子がプレリュードとフーガで同じである。
(第Ⅰ巻はどちらも4分の4拍子、第Ⅱ巻はどちらも4分の2拍子)
・どちらにも踊るようなリズムや跳ねるようなリズムはほとんど出てこない。
・プレリュードの構成がどちらも2つにも3つにも分けられる構造をしている。
・フーガではどちらも第1提示部、第2提示部、第4提示部の最後に共通性を持つ。
・演奏を聴いた印象が似ているといえる(主観的ですが)。それは調性によるものだけではない。また、調性の違いは当時と今とでは受ける印象が全く違っていたと考えられる。
・演奏面では、バロック時代はテンポの役割は非常に大きかった。だから、2つの第12番がどちらも4分音符単位の2拍子系なので、バッハの両曲に持っていたイメージは同じだったのではないか。
・音の型やパターンを見つけ出すと演奏に非常に役に立つし、弾き方が自ずと分かってくるでしょう。この曲はどんなリズムを使っているだろう、何拍子だろうということを考えて演奏してみるとイメージが湧きやすくなります。
最後は田原さんによる2曲の演奏で発表会が締めくくられました。ピアノはチェンバロと違い、曲中の反復の際音色が変えられないこと、そして第Ⅱ巻が書かれた頃は既にバッハの子供が活躍するようになり、バッハが極めた対位法から時代はソナタへ移っていったということを意識して、この日の第Ⅱ巻第12番のプレリュードのリピート部分はロマン派をイメージして弾いて下さいました。この第Ⅱ巻のプレリュード、田原さんの高校時代にも取り組まれたそうですが、その時と今とでは曲に対する感じ方が全く変わったそうです。当時は歌いなさい、フレーズにしなさいと指導されたそうですが、今の田原さんはバッハの音楽はフレーズにする必要は全くなく、そのフレーズというものは自ずと出てくるものであると考えているとのことでした。
この研究発表会は回を追うごとに工夫が凝らされ、これまでの堅苦しいバッハ観を良い意味で崩してくれ、毎回新しい発見を与えてくれます。ピアノを弾く方はもちろん、音楽を愛する全ての人におすすめいたします。発表会で残された曲は第14番以降のあと11曲となってしまいました。皆様、次回から是非ご一緒しましょう!
次回第17回研究発表会は1月28日(水)19:00~ヤマハリテイリング仙台店 6Fコンサートルームにて開催されます。
「平均律」第Ⅱ巻の第14番の研究発表と演奏が予定されています。
(次回も同一番号である第Ⅰ巻の第14番が比較対照されながら解説される予定です)
参加費 一般1,500円 学生1,000円(当日精算)
問い合わせ sendai_bachseminar@yahoo.co.jp 022-395-7280(MHKS)
当日は平均律第Ⅰ巻と第Ⅱ巻の楽譜を持参とのことです。
(楽譜を持参できないときは要連絡)
広報宣伝サポートボランティア 岡
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