2016年4月11日月曜日

仙台フィル常任、パスカル・ヴェロによるレクチャー報告(4/10)

 
 
人物も、音楽も”超ロマン主義”なベルリオーズへの旅
 
4月10日(日)、エル・パーク仙台5階セミナーホールにて仙台フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者、パスカル・ヴェロさんによる定期演奏会に向けたレクチャーがあり、参加してきました。

ヴェロさんは、ご自身が指揮を担当する定演の1週間前、私達聴衆のために、公演内容に関するレクチャーを毎回開催してくれています。これまで、その時々の定演で取り上げる作曲家や演奏曲目を様々な切り口で紹介して、私達を楽しませてくれました。そしてこの日は記念すべき仙台フィル第300回定期演奏会をひかえ、プログラムで取り上げられる「幻想交響曲」と「レリオ」の作曲家、ベルリオーズの“超ロマン主義”の世界について、同時代の3枚の絵画を材料に熱く語っていただきました。会場には今回の定演で朗読を担当する俳優の渡部ギュウさんも聴講に来ており、時折ヴェロさんからマイクを振られ、週末に向けて熱いコメントを語ってくれました。

フランス語通訳はいつものように、メゾソプラノ歌手でもある菊池万希子さん。いつものように2人の息もぴったりで、特に今回は、ヴェロさんがこのレクチャーにかける想いも強く、菊池さんの通訳も一段と熱を帯びているように感じられました。では、レクチャーの内容をまとめて報告します。

指揮者パスカル・ヴェロが語るレクチャーシリーズ
仙台フィル第300回定期演奏会を 『10倍!』楽しむために

パスカル・ヴェロがひも解くベルリオーズの“超ロマン主義” の世界

今回の定演ではベルリオーズを取り上げますが、今日のテーマは彼のロマン主義についてです。ロマン派の音楽には重要な3つの要素があります。一つは「幻想的」、2つ目は「心理学的(芸術作品における精神分析的なアプローチ)」、3つ目は「哲学的」という要素です。今日はその3つをベルリオーズを題材にお話しします。

一つ目の「幻想的」ですが、まずは「幻想交響曲」の第5楽章冒頭を聴いていただきましょう。とても奇妙な音楽で、ピッコロの使い方も独特です。ベートーヴェンもピッコロを使いましたが、この様には用いていません。信じられないのはこれが1830年に書かれた音楽だということで、とても独創的です。そして鐘の音が聴こえてきます。そして、グレゴリオ聖歌の怒りのテーマが響きます。そして、音楽は短い⇔長いの繰り返しが続いていきます。そして、音楽上特定の人物や物事を表現する時に使われる「固定楽想」が表れます。それは、この曲においては、ベルリオーズが愛した女性をイメージするテーマとなっています。そしてこの交響曲の最後で、彼は悪夢を見ることになります。では、(その情景をイメージさせる)この絵を見てください。この銅版画はヴィクトル・ユーゴーの友人であり、その挿絵を描いたブーランジェの作品です。これは悪魔が乱舞する大宴会を描いています。ベルリオーズが幻想交響曲の第5楽章で悪夢を見るというのは、この絵のようなイメージを思い描いていたと思います。この中では愛している女性が悪魔のような形相に変わっています。そして、その後の作品「レリオ」では、レリオが悪夢から目を覚まして語り出します。その最初を定演にも出演する渡部ギュウさんに語っていただきましょう。

   (渡部さんの朗読)

ありがとうございます。朗読は日本語ですが、とてもロマンティックな印象を受けます。では、次のテーマに移りましょう。


次はドラクロアによる「ハムレット(シェイクスピア)」の一場面の絵画です。この絵は幻想交響曲が作曲された後、1843年に描かれました。この絵に書かれているのはハムレットと亡霊となったハムレットの父で、そこには「対比」(光と影)が描かれています。影には危険が潜んでいます。先ほどあげた心理的な分析において、光と影というのは重要な要素になります。ここでいう光は月の光です。亡霊の父にとっては月の光も眩しすぎますが、生きているハムレットにはそれでは明るさが足りません。それは両者にとって恐怖の存在なのです。では、「レリオ」の合唱の一部を聴いていただきましょう(CD鑑賞)。この合唱の歌詞の中にも「生きる」「死ぬ」、「光」「暗がり」など、対比するような表現が出てきます。ロマン主義において「対比」は重要な要素と言えます。この絵はそのイメージをよく表しています。
 
 
3つ目の要素である、「哲学的」ですが、この絵を見て下さい。作者はフリードリヒというドイツのロマン派の画家の作品です。邦題では「雲海の上の旅人」という名前がついていて、1818年に描かれました。この絵はロマン派を象徴する作品として、ヨーロッパでは有名です。私はこの絵を見るたびに、後ろ向きの男がベルリオーズではないかと想像してしまいます。ベルリオーズの髪の毛もこういう色・形をしていました。この絵を見た時に浮かぶ疑問は、この男がなぜ後ろを向いているかということです。私が思うには、背中の部分は彼の過去であり、そこには何かしらの影があります。彼の目の前には光があり、それは未来です。この絵のなかには「孤独」があります。男以外にも、岩山など、「孤独」を象徴するものが描かれています。ベルリオーズも孤独で繊細な人でした。森の中で、たった一人で散歩にいったことが回想録に書かれています。この絵を見ると、男が自然の中に吸い込まれていくような気がします。「レリオ」の歌詞の中には「自然は友達でもあり、恐ろしい物でもある」というくだりがありますが、この絵はそのイメージをよく表しています。ベートーヴェン以前は「自然」は人と離れたものとして描かれましたが、その後のロマン主義では自然と人は一体となっていくイメージで描かれるようになっていきます。日本には仏教や神道がありますので、自然と人の一体感の感覚は理解しやすいと思います。では、質問を受ける前にこの絵のイメージに合った俳句を見つけてきたので、披露しましょう。宝井其角の句です。「乞食哉 天地を着たる 夏衣」。

「幻想交響曲」も「レリオ」も、すごく変わった曲ですが、日本人の感性からいうとそんなに変には思われないのではと感じます。今回、定演に出演する渡部ギュウさんが「レリオ」のフランス語の歌詞を日本語に訳してくれたのですが、私はそれを読んだ時に、すごく自然な感じだと受け止めました。ベルリオーズは当時、「幻想交響曲」だけで演奏されることをあまり好ましく思わず、哲学的な面からも彼の書きたかったこと全体を理解してもらうために、「幻想交響曲」と「レリオ」をひとつにして聴いてほしいという気持ちを持っていたようです。
 

以上、同時代に描かれた絵画3点を素材にして、ヴェロさんはベルリオーズのロマン主義を特徴づける「幻想的」「心理学的(精神分析的)」「哲学的」という3つの要素を説明してくれました。


 
引き続き、質問タイムです。ヴェロさんのテンションはますます高まり、いつの間にか着ていたジャケットも脱ぎ捨てています。筆者はベルリオーズの音楽そのものが、当時どの様に革新的だったのかを知りたくて、それを質問してみました。
 
ベルリオーズの音楽の書き方やオーケストレーションは、100年位進んでいたと思います。彼は打楽器をどういったバチでどのように叩いてほしいのかについてさえ、細かく注文を付けています。楽譜には、色々な場面でどの様に演奏したらよいかという指示が非常に細かく書かれています。グリッサンドの仕方さえも書かれているほどです。作曲書法としてはアバンギャルド(前衛的)で、かつ詳細に書かれているのが特徴です。
 
「レリオ」の中にも、オーケストラに弾く場所や弾き方など様々な注文を付けている台詞が出てきます(ここで渡部ギュウさんがその部分を朗読してくれました)。昔のオーケストラの団員たちは今の様なきちっとした技術があったわけではありません。よほど指示をしっかり出さないと、まとまらないという状況があったと思います。ベルリオーズは指揮者としては、非常に新しい人で、練習をする、訓練をするという今では当たり前のことを音楽家たちに求めたという点で、最初の人でした。
 
また、ベルリオーズは批評も沢山書いているのですが、当時の音楽事情には腹立たしい事が多すぎて、書いているうちに机を強く叩きつけるようなこともあったようです。
 
演奏される機会がほどんどない「レリオ」という作品についての質問もありました。
 
ベルリオーズはかって自分が書いた作品を「レリオ」の中に転用している部分も有ります。この「レリオ」という音楽に関しては、論理的にどのような音楽かということを考えて理解しようとするのはやめた方が良いでしょう。私もそうしています。彼はローマ賞を得たことにより2~3年イタリアに滞在できるという環境があって、その上でできた作品であることをイメージすることが、作品の成り立ちを知る上で重要なことだと思っています。その頃フランス政府は芸術家に奨学金を賦与して、留学する機会を与えていました。ベルリオーズはそれに応募したのですが、何回も2番手で落選しました。そして最終的には合格したのです。彼は当時ピアノニストのお嬢さんと付き合っていて婚約までいっていたのですが、ローマ留学中に破談となり、それに怒ったベルリオーズは関係者の殺害を企て、フランスに向かいます。途中で正気に戻り、ローマに戻ることになるのですが、その常軌を逸した状態から正常に戻っていく過程で彼は「レリオ」の一部分を書いています。音楽学者の間でも彼がどのタイミングで「レリオ」を書いたのかは、はっきりしません。19世紀には台詞と音楽が交互に表れるメロドラマタイプの作品が流行っていました。そのメロドラマに対して、ベルリオーズは「レリオ」に「モノドラマ」という言葉を充てています。この作品はレリオという架空の人物が一人で演じる訳ですが、なぜこれほど取り上げられる回数が少ないかというと、指揮者にとっても、音楽家にとっても、解釈を論理的に立てるのが難しく、準備や作品への理解を深めることが難しいということが上げられます。
 
 この日のヴェロさんのお話しを聴いて、ベルリオーズという人がかなり浮き彫りになったような気がしました。すごく激情するところもあり、そしてそれを冷静に見ているもう一人のベルリオーズもいるというという不思議な人物ですね。激情にまかせたような狂乱の音楽を書いていると思えば、その表現法や演奏方法をこと細かく指示もしている。週末の定演がますます楽しみになってきました。
 
最後に渡部ギュウさんから、定演にかける想いが語られました。当日は台詞が止まることも恐れず、ライブ感を大切にして、劇中に生きる架空の男「レリオ」を演じるとのことでした。渡部さんのスリリングなチャレンジも定演の見どころの一つになるでしょう。
 
今回の定演のプログラムは
 ベルリオーズ/幻想交響曲 作品14
 ベルリオーズ/レリオ、または生への回帰 作品14b
 
 
今回の定演は第300回記念公演ということで、仙台と東京(特別演奏会)で開催されます。仙台フィル事務局の話によると、後半の「レリオ」ではそれぞれの会場の特徴に合わせた演出を準備しているそうです(詳しくは内緒とのこと!)。どんなサプライズが待っているか、期待大ですね。

 仙台公演 4月15日(金)19:00 
      4月16日(土)15:00
         於:日立システムズホール仙台(青年文化センター)

 東京公演 4月17日(日)14:00 
      於:サントリーホール

仙台公演の16日(土)と東京公演はすでに完売だそうです。残すは15日(金)の仙台公演の席が残っているのみ。仙台フィルの歴史的な瞬間に立ち会いたい人は、すぐ連絡を!

 仙台フィル☎ 022-225-3934
仙台フィル公式サイト

では週末、ご一緒に「超ロマン主義」の世界を満喫しましょう!


広報宣伝サポートボランティア    岡
 

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