たとえ腕を切られても、私は口にペンをくわえて作曲を続けるだろう!
6月7日(土)、日立システムズホール仙台(青年文化センター)で仙台フィルハーモニー管弦楽団主催のレクチャーイベント
「ロシアの大作曲家ショスタコーヴィチのの音楽を”10倍”楽しむために
~作曲家の手紙をひも解きながら~」
が開催され、私も参加してきました。今週末の第283回仙台フィル定期演奏会ではショスタコーヴィチの交響曲第5番が後半のプログラムで演奏されます。今回のイベントの内容は常任指揮者、パスカル・ヴェロさんが定期演奏会を前にショスタコーヴィチとその友人の間で交わされた書簡集をベースに、ショスタコーヴィチの音楽をひも解くというものでした。当日はショスタコーヴィチ交響曲第5番のCDを部分的に順次聴き、その部分に込められたショスタコーヴィチの想いや表現したかったと考えられることをヴェロさんが解説するというスタイルで進められました。フランス語通訳はメゾ・ソプラノ歌手の菊池万希子さんが務められました。
引き続き、曲の各部分が表現していること、ショスタコーヴィチが伝えたかったことの解説が続き、第2楽章が終了したところで休憩、引き続き第3楽章、第4楽章が解説されました。ヴェロさんの解釈は面白く、頷けるものでした。第2楽章では勇壮な行進を揶揄し、第3楽章では緊張感の中で生きる絶望と希望が描かれ、第4楽章では絶え間ない労働に駆り出され、その後疲れ果てたものの許されず、再び労働を強いられる人々の姿を表現しているというのです。以前この曲の第4楽章を聴き、晴れやかな冒頭部と最終部の間に妙に静かなところが続くことを不自然に思っていたのですが、ヴェロさんの解釈に納得がいきました。この交響曲第5番には、ソ連当局の監視下、見えない鎖で繋がれて、事実上の囚人的な暮らしを強いられていたショスタコーヴィチの絶望と希望が込められた事を知り、ヴェロさんの解説の前と後では印象や聴き方に180度的な転換が起こりました。この日紹介されたショスタコーヴィチのもう一つの言葉「たとえ腕を切られても、私は口にペンをくわえて作曲をつづけるだろう」に逆境の中で生きていく意思も感じ、その作品をもっともっと聴いてみたい気持ちにさせられました。
レクチャーの最後の部分で「ショスタコーヴィチはピアニストとしても高名で亡命できるチャンスがあったはずなのに、なぜ一生ソ連にとどまったのか」という質問をしてみました。ヴェロさんからは、ショスタコーヴィチは内向的な性格で派手なことを嫌ったこと、そして、亡命した音楽家の世代よりはずっと若く、家族や親戚を置いて亡命できる状況にはもはやなかったことを教えていただきました。そんな状況がショスタコーヴィチの音楽をより深く、複雑にしていったことを想像させてくれました。音楽が喜びや悲しみを単純に描く時代はとうに過ぎ去ってしまっていたのですね。
ヴェロさんの解説はゼスチャーや演技も織り交ぜられて、本当に面白かったです。ヴェロさんのリハーサルは厳しくも充実していると聞いたことがあります。それを十分想像できるレクチャーでした。ヴェロさんの音楽への熱い気持ちや学識の深さがより理解できた今回のイベント、参加して良かったです。
では、今週末の仙台フィル第283回定期演奏会の内容をおさらいしておきましょう。
前半のコンチェルトでは、待望のソヌ・イェゴンさんが登場します(定演に向けてのイェゴンさんインタビューはこちら)!

6月13日(金)19時~ & 6月14日(土)15時~
日立システムズホール仙台(青年文化センター) コンサートホール
指揮: パスカル・ヴェロ
ピアノ独奏: ソヌ・イェゴン
プログラム
モーツァルト/ピアノ協奏曲第26番「戴冠式」
ショスタコーヴィチ/交響曲第5番
広報宣伝サポートボランティア 岡

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